簡単なそろばんでも高度な脳システムが活性化

そろばんを実際にするとき,脳のどこが活動するのか,これまでよく分かっていませんでした。そこで,そろばんで計算すると脳のどこが活動するのか,調べてみました。調べた人たち(6人)はそろばんを少しだけ習ったことがあるだけで,熟練者ではありません。そのため ,幼児でもできる簡単なそろばん計算を行ないました。

 

若い人が足し算や引き算などの単純な計算を暗算ですると,脳の頭頂葉と前頭葉が主に活動することは以前から分かっています。ただ,そうした単純な計算の場合,主に左脳が活動します。ところが,そろばんの場合,3桁の非常に簡単なそろばん計算でも,左右の頭頂葉と前頭葉が活動することが分かりました(図1)。そろばんを使わないで難しい暗算をすると,左脳に加えて右脳も活動することは多くの研究で示されてきましたが、すごく簡単なそろばんで左右の頭頂葉と前頭葉が強く活動することは驚きです。

そろばんでは手を使いますから,右手でそろばんをするときには左脳の運動関連領野や体性感覚関連領野が当然ながら活動します。ところが,活動するのはそう いった領域だけではありません。左右脳のどちらでも,前頭連合野(前頭前皮質)の後方の領域(8,9,そして44野)と頭頂連合野(後部頭頂皮質)の一部 (7野)が活動します。)
5桁のそろばん計算でも同じような領域が活動しますが,3桁のそろばん計算よりも5桁のそろばん計算ではより多くの脳領域を使うことも分かりました(図2)。
今回のそろばん計算は幼児でもできる簡単な計算にも関わらず,桁を少し多くしただけで,高次な領野が左右の脳で活動するのです。

 

近年になって,これらの領野がつくる神経システムがさまざまな知的作業にとても重要であることが分かってきています。そろばん計算をほんの少し難しくするだけで,この神経システムが活性化するわけです。この前頭連合野-頭頂連合野システムが担う知的作業は多くありますが,中でも重要なのは「一般知能(gFまたはg)」です。gFは,さまざまな知的作業に共通して使われる大切な知能です。
gFは日本ではなじみが薄いかもしれませんが,欧米での多数の研究や私たちの諸研究で,gFが子供での学力や成人での社会的成功(良好な仕事や結婚,高収 入,社会的地位など)と密接に関係することが分かっています。gFは知能指数IQと似ていますが,IQとは 異なって,人生や生活に深く関与するのです。そのため,欧米では「最も伸ばすべき知能」とされています。
そろばんによってgFを担う前頭連合野-頭頂連合野システムが活性化することはほぼ間違いありません。したがって,そろばんを習うことでgFが高まり,学 力向上や社会的成功に結び付くことはありそうなことです。gFはさまざまな知的作業で共通して使われるので,知的能力を全体的に向上させることもできるはずです。そろばんは幼児でもできます。前頭連合野と頭頂連合野は5歳くらいをピークにして10歳くらいまで大きく発達しますから,幼児からそろばんをすれば,この神経システムが豊かに発達することはありそうなことです。そろばんを幼児から習うことが脳と知能の発達にとって非常に有益なことはまちがいありません。